< 茶話 >
2000年9月9日

たいへん長い夏休みをいただいて<茶室>を留守にしていました。
大家さんのてらぴかさんはじめ、いつものぞいてくれていた皆さん、
どうも失礼いたしました。
これが「長い旅に出ていて・・・」とかなら楽しいお土産も御披露できるのですが、
残念ながらひたすら読経写経三昧の日々を過ごしておりました。
この5月ぐらいからこっち、何やら光速宇宙船に乗っていたように過ぎ去り、
日々の記憶も定かでない有り様です。
確かメチャクチャ暑い毎日だったことは覚えているのですが・・・。
ま、それでもとりあえずいくつか夏のカケラを拾って、
<茶室>の戸を久しぶりに開けて風を通すことにしました。
今日のところはこの3ヶ月ほどのことの断片的な日記と
宣伝を兼ねたご報告といった感じで、
<茶話>というより<えんがわ>のBBSに書いてたような内容になってしまいますが、
どうか「リハビリ」ってことでお許しくださいませ。
何やら夏休みが終わってからあわてて宿題の日記帳を書く小学生の気分です。
ま、縁側でなごりのスイカでも食べながらお読みください。

<茶話その10 夏のカケラ>

5月ぐらいからずっと妙な頭痛が続いていたので、
内科やら整体やらあれこれ病院へ行ったり、
気功を受けたりしたのですが全然回復せず、
これは一度CTスキャンなど取るべきかしらと思いはじめていたところ、
もしやと思い某科に行ってみると病名が判明。
処方された薬を飲むと頭痛はウソのようにおさまりました。
ところが、僕はその飲む分量を勘違いしていて、
しばらくの間、処方箋の倍量飲んでしまっていました。
そのため、妻が言うにはその頃の僕はほとんどトんでたらしいです。
確かにその2週間ほどのことはあまり記憶がありません。
それでもその間毎日パソコンに向かってまじめに原稿書いていて、
近いうちにはそれが本になる予定です。
そんな状態で書いた原稿、果たして使えるのかと本人もいくぶん不安なのですが、
何しろそれは<月>にまつわる本なので、
そんな<ルナティック>な状況で書く運命になったのも
僕の実力のなさを補うための
大いなる<月>のなせる技なのかもしれません。

時々気分転換に映画を観ました。
『ヴァージン・スーサイド』
写真だ、服だ、といろいろやってきたコッポラの娘さんですが、
やっぱりカエルの子はカエルなのでしょうか、
僕は映画に彼女の天分を一番感じました。
ちゃんと「映画」してるんだよな〜。
『リプリー』
イスキア島、ナポリ、ローマ、ベネチア、サンレモと、
2年前に僕が旅したところばかり出て来るので楽しみにして行ったのですが・・・。
『太陽がいっぱい』と同じ原作だけど、
モノクロだった前作の方がよっぽど
イタリアの夏の海の色と空の色が出ていたように思いました。
この監督の前作『イングリッシュ・ペイシェント』は
やはり原作と撮影監督の腕によるところが大きかったのかな?。
『朗読者』を映画化するらしいけど、今度は頑張ってほしいな〜。
『ナヴィの恋』
やっと見れました。沖縄の神話性にたっぷり浸れて、大満足!
僕の幼い頃の琉球の記憶といっぱいつながって、
いよいよ血が、体液が、僕を南につれて行こうと・・・。
昨日ようやくサントラを入手して、以来ずっとかけっぱなし。
でも、『ブエナビスタソシアルクラブ』もそうだけど、
本当はああいう音楽はその土地の地霊といっしょに聞かないとね。
いざキューバ、いざ沖縄、いざ、いざ・・・と旅は続く。

本も気分転換および仕事の参考にいくつか読んで・・・。
『きれぎれ』
遅ればせながら、てらぴかさん共々おめでとうございます。
(奴凧で自分の名前が町田さんと並んでるのが恐れ多くて・・・)
芥川賞、やはり取るべくして取った作品ですよね。
確実にさらに一段高いレベルに行ったように感じました。
『きれぎれ』というタイトルも絶妙。
この作品の文体を比べるべきは、あるいは北野武映画の
あのモンタージュなのではないかと思ったりもしました。
受賞前の、帯がまだトレペの時の本を買っていて良かった!
『すみれの花の砂糖づけ』
次の仕事を控え、僕は今、頭を恋愛モードに嵌め込もうとして
古今の恋愛小説や歌に日々触れようとしているのですが、
久々に江國香織さんの本も読んだりしてます。
その中で、この詩集は特にお気に入りで何度も読み返す毎日です。
装丁もさすがの『天使ブック』の葛西薫さん。
僕は、今年は自分がなかなか直接夏に触れられない分を、
江國さんが書く夏の記憶でカバーしてもらったような感じです。
『ケンムンの島』
写真家の島尾伸三さんから送っていただいたこの本も、
僕にたくさんの夏の記憶と懐かしい島の空気を届けてくれました。
島尾さんが少年時代をおくった奄美大島の思い出を綴ったエッセイ集です。
ケンムン、つまりおばけの話や虫の話がたくさん入ってます。

お盆に実家に帰った8月14日の夜、
布団の中でなかなか寝付かれずにいると、
不思議な気配がして、何者かが中空から僕の顔に近づいてきました。
ケンムン? あるいはもしかして、これが凰宮さんの言う<天使>?
とも思ったのですが、近づくにつれ、
その顔はどうも天使というイメージとは違うことがわかりました。
もっと縄文ぽいイメージ、そう、土偶とかそんな感じなのです。
諸星大二郎さんのマンガ『マッドメン』に出てきた精霊の仮面に似てたかも。
何かを僕にささやきかけたような気もするのですが、内容は覚えてません。
それはすぐに消えましたが、いずれにしても「恐い」という感じはまるでなく、
どちらかというと味方、そしてこれは吉兆だという気がしました。
明くる朝、妻と話しをしていると、妻も同様の気配を感じたそうです。
つまり僕の薬のせいではなかったわけです。

僕にとって大切な夏の記憶は三つあります。
一つは先ほどから度々話題にしている、子供の頃に琉球の島で過ごした時の記憶。
もう一つは妻とひと夏のあいだ旅をした地中海の記憶。
そしてもう一つは高校生から大学生の頃いつも行っていた西宮の浜の記憶。
今年の夏は休みが取れそうになかったので、せめてもと思い、
お盆に実家に帰った時に数時間ほど懐かしい西宮浜を訪ねて
夏の記憶を集めることにしました。
幾分整備されきれいになった浜辺を歩きながら、同行した妻に、
学生の頃は夏になるとほぼ毎日のようにここに来て、
8ミリ映画を撮ったり、テトラポットの上で裸になって
体を焼きながら本を読んだりしていたことを話しました。
当時は干潟の向こうはさえぎるものがなく、
大阪湾が広がっていましたが、
今は湖のようになった小さな海をはさんで沖合いに人工島が浮かんでいます。
この人工島に例の西宮貝類館があるわけです。
僕はこの浜にたたずんでいると、大正末から昭和初めの頃、
ここが阪神間随一の白砂青松の美しい海水浴場だったころの、
もちろん僕自身実際に見たはずもない景色が、
そしてそこに遊ぶ画家や作家、ファッションデザイナー、編集者
といった職業の人たちの姿が、
どういうわけか鮮明に浮かんで来るのです。
以前からそれが不思議でしょうがないのですが、
今は無理に考えないことにします。
時機が来たら答えが見えて来ることもあるかもしれません。
この浜のことは平成の文豪・村上春樹さんが文章に残しています。
ここは彼が少年時代に遊んだところでもあるのです。
『カンガルー日和』の「5月の海岸線」はおそらくこの浜がモデルだと思いますし、
最近文庫化された『辺境・近境』でも再訪記を書かれています。
で、僕が学生時代にこの浜で読んで心に響いた本の一つは
他ならぬその村上春樹さんの『風の歌を聴け』だったわけです。
それから、今回訪れて、この浜に臨んで立つ古い病院の脇に
小さな私営のもう一つの貝の博物館があることを知りました。
菊池貝類館といって、その病院の前院長のコレクションを展示したものです。
西宮貝類館とは対照的なちょっとレトロな理科室系博物館です。

つい先日、9月に入ってからようやく休みが取れたので、
一泊二日で志摩の海にあわてて夏の尻尾をつかまえに行きました。
あいにく波が高く、泳ぐことはできませんでしたが、
とりあえず一波二波、大平洋の潮をかぶり、
<渚呼吸>でリフレッシュしてきました。
帰りに鳥羽水族館に立ち寄り、ウワサの貝のコレクションをチェック。
確かに数は多いけど・・・・。
何かこの頃てらぴかさんに影響されて、
貝の博物館づいています。

今日9月9日の重陽の節句に
僕が春先から、さっき触れた<月>の本と平行して編集を手掛けていた本が
ようやく発売になります。
『京のあたりまえ』というタイトルで、
京都のしきたりや礼儀作法、習慣、常識、行事、発想法などについて
京都の儀式作法研究家である著者が書いたエッセイ集です。
もともとは僕が光琳社時代に企画し、
異邦人である僕が感じる京都の不思議やややこしさなどを
著者にインタビューするかたちでスタートした本です。
その後、編集は後輩に任せて、僕が光琳社退職後に発売、
京都のジュンク堂では単行本ベストテンに入るなど
まずまずヒットしていたのですが、出版社の倒産で絶版となり、
今回改めて僕が編集して、再発売となった次第です。
再発売とはいえ一度手を入れ出すとキリがなく、
編集もデザインも全面的にやり直し、
ほとんど新刊をつくるのと同じか、それ以上のヘビーな作業になってしまいました。
僕個人の思いとしては、10年の京都滞在のいわば区切りの本であり、
僕の<茶室>的な言葉で言えば、「京都に残る神話性を紹介した本」
といったところでしょうか。
以前ここで書いた「おおきに文化」のような話がたくさん入った本です。
今回は京都以外でも売れる本にしようと思って作ったので
京都以外の方も目にすることがあるかもしれません。
もし本屋さんで見かけたらパラパラみてやってください。
『京のあたりまえ』(岩上力著/光村推古書院/1700円+税)

引き続き宣伝でスイマセンです。
僕が企画編集執筆した
『Contemporary Remix “万葉集”』シリーズ全3巻(光村推古書院)を原作に
テレビ番組化した3分のミニ番組『恋ノウタ』
(フジテレビ/毎週木曜日/22:54〜23:00/関東地区のみ)
がおかげさまで好評とのことで、2クール延長されて
来年の3月まで放映されることになりました。
公式ホームページもできたので、関東地区以外の方もよかったら
そこで番組の雰囲気などのぞいてやってください。
出演者の募集もしてますので、我こそは、という方はぜひ御応募を!
<恋ノウタ>http://www.lin.ne.jp/koi/
またフジテレビのホームページにもコーナーがあります。
<フジテレビ>http://www.fujitv.co.jp/jp/b_hp/koinouta/index.html

何やらいつもにも増して取り留めのない話ばかりになりましたが、
今日はとりあえずこんなところでお開きです。
どうもお粗末様でした。
それではまた(今度こそ)近々に。

2000年9月9日 重陽
三枝克之

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