Back Number 19990727

 



オレンジ色のチーム

 1940年代か50年代のアメリカ南部、おそらくはメンフィスか。僕は、暑い、ひなたの小さなレコーディングスタジオのような所に勤めている。僕のボスは、僕より5つばかり年配の日本人(あるいは日系人)で、アンダーグラウンドな音響学者だ。彼は、彼が独自に開発した音曲分析の器械を使って、ヒット曲のモード分析のようなことをつづけており、僕はその助手をしている。彼の研究によれば、どんなヒット曲もそれに先行するヒット曲群の影響下にあり、必ず幾つかの既存のモードに分類されその系統樹を記すことができるということだ。部屋には無数のドーナツ盤レコードが収集されており、新しいレコードを入手してくることも僕の仕事の一つだ。ボスは次から次へとドーナツ盤を器械に接続されたプレーヤーにかけ、器械から打ち出されてくる何種類もの波形を見比べながら、部屋に響くヒット曲に耳を澄ませている。あらゆる楽曲は、彼の理論を裏切ることなく整理されていった。ところが今朝僕が手に入れてきた新しい歌手のレコードをかけた時に異変が起きた。全ての計器類が判断不能と表示した。窓の外はかき曇り、暗黒の雲に稲光りがスパークしている。「凄い!」 ボスと僕は顔を見合わせた。割れるような楽曲が響いている。接続端子が次々と火を吹いて弾け飛ぶ。僕達は今、全く新しいモードの登場に立ち会っているのだった。・・・・・・なるほど、「新しいもの」は、現れ得るのだな。・・・・・・そこで僕は今、部屋に鳴り響いているのが間もなくスーパースターとなるエルビス・プレスリーのデビュー直前のサンプル盤であることを僕が知っていることに思い当たり、僕がタイムトラベラーであることを思い出す。そうか、僕は「本当に新しいものが生まれる現場」を体験するためにこの町を訪れたのだった。見るべきものは見たので、また旅立つことにしよう。僕はボスに別れを告げる。

 ・・・・・・おそらく東京だろう。僕は地下鉄に乗っている。車両はあまり混んでおらず、シートがほぼ埋まるくらい。ふと左隣に目をやると何やらとても懐かしい笑顔の女性だが誰だか思い出せない。髪の短い、面長の美女で、鮮やかな光りのようなオレンジ色の衣装を着ている。視線が合って、僕は彼女の優しい懐かしい瞳に引き込まれそうになる。「ワカリマスカ?」 と彼女がテレパシーで優しく訊ねる。わかるような気がする。視線を前の座席の方へ移すとそこにもオレンジ色の服を着た、今度は男が座っていて、僕を懐かしそうに見ている。僕も彼を知っているような気がする。一緒に、同じ夢を見たような記憶がある。僕は立ち上がる。見ると、その車両の各シートに一人か二人、オレンジ色の衣装を着けた人が混じっていて、その誰もが、僕にとって懐かしく、大切な人のように思われた。胸がドキドキしてくる。何かを思い出しそうでならない。僕は急いで、車両の先頭まで行ってみた。いちばん隅の席に、ボスがいた。日に焼けたオレンジ色の作業着を着て、目立たないようにおとなしく座っていた。僕を見て、静かに微笑む。僕は懐かしくて、涙が零れた。そうだった。メンフィスの、あのスタジオの作業着はオレンジ色だった。全ては、あそこから始まったのだ。振り返ると、先程の席から面長美人がこちらを見ている。彼女のテレパシ−が、僕の中に響く。

 「ワカリマシタカ?」

 僕は自信を持ってテレパシーで応える。「ええ、わかりました」

 「デハ訊ネマス。アナタハ何故オレンジ色ノ服ヲ着テイルノデスカ?」

 気が付くと、僕も確かにオレンジ色の服を着ていた。電車が駅に到着し、ドアが開く。僕はこの駅で降りる。折りながら、面長美人にテレパシーを送る。僕がオレンジ色の服を着ている理由。それは、

 「人から、影響を受けるためです」

 僕の答えは、朗々とした声となって僕自身に響く。僕の声は続く。

 「なぜなら、イメージはいつも個人にではなく、人と人の間に、チームに降ろされるものだから」

 僕は雑踏に混じって階段を上る。またいつか、新しい、オレンジ色の服の人に会うだろう。(夢日記1993.7.6より)

 “えんがわ”のおしゃべりでのリクエストにおこたえして、載録しました。おたのしみください。

 1999年7月27日、その夢から6年・・・・・
ようこそ、“てらぴかのえんがわ”へ 
from 寺門孝之