Today's Terapika寺門孝之です。

Back Number 20040725

 

 もう大分前になるが神戸・元町のお気に入りの古書店=ちんき堂で見つけて購入した本の内容がいたっておもしろかったので、少し長くなるが今日はそれについて書きます。

 タイトルは「マレー獏は悪夢を見ない」、サブタイトルには「夢をコントロールする民族・セノイへの旅」とある。

 大泉実成・著。僕と同年生まれの著者は1989年に知人からもらった夢についてのパンフレットで、夢に積極的に働き掛けることで豊かな心、平和な社会を築き上げてきたセノイという少数民族がマレー半島のジャングルの奥深くにいることを知る。

 そのパンフレットにはセノイ族の夢の見方・原則として、

1)危険に立ち向かいそれに打ち勝つ
2)夢の中では快楽を目指して進みなさい
3)プレゼントや宝物をもらったり、ねだったり、みつけたりしなさい
4)夢の中で友達を得ること
5)夢の中で得たよいものは、夢の友達と分け合いなさい

 …などと書かれていた。

 著者は「夢の中でも主体的に行動するなんてことできるの?」と驚きつつも、夢の中で今夢を見ているということに気付きその教えを実践してみるようになる。それまで悪夢ばかりだった著者の夢は以降みるみる変化していくことになる。

 セノイ族の夢をコントロールする術にますます興味を覚えた著者は、1991年と92年に雑誌『SPA!』の取材という機会を得、実際にセノイ族に会いに行く。その旅行記がこの本の主な内容だ。

 行く先々で出会ったセノイの人たちは皆「夢のコントロールなどしていない」と語り著者を戸惑わせるが、著者は旅行中どんどん夢見が激しくなる。

 著者は見た夢をセノイの人たちにぶつけてみる。すると皆、とても具体的にその夢について読み解き、次の夢ではこうしたらいいという示唆を与えてくれ、著者はセノイの人人が共有している夢についての該博な知識の蓄積を確信する。

 セノイの人人は夢のサインを

1)共同体に共通のサイン
2)共同体の成員に固有のサイン

の2種類に区別して理解している。

 たとえば「飛行機が墜落する夢」はセノイ族共通のサインでは「夕方から雨が降る」ことになっている。一方でたとえば「蛇の出る夢」がAにとってはラッキーサインでも、Bにとっては親類の死を予知するサインだったりする。

 セノイの人は言う。「夢を見たら、2、3日間自分に何が起こるかしっかり観察しろ。」 そうした観察を積み重ねて「自分のサイン」を獲得するのが大切だとされているのだ。

 セノイでは「夢」を基本的には「精霊と交流する通路のようなもの」と考えられている。

 著者はセノイの夢文化の背景に強烈な精霊信仰=アニミズムがあることを確認する。そしてそのアニミズムが自分自身にも実は強くあることに気付くのだ。

 セノイを訪ねる旅の結論として書かれた次の文章に僕は大いに励まされる。

 「セノイがジャングルで生きているように、僕たちもまた、高度情報社会という情報のジャングルの中で生きている。氾濫する情報にふりまわされている自分を見ていると、ことさらにセノイが、夢という、一度自己の深部を通過した情報を大切にしていることが、大きな意味をもっているように思える。僕自身もまた、セノイのように夢から得た情報を大切にすることで、僕自身のジャングルで生き延びていけそうな気がする。」

 おもしろかったのは、著者がセノイの人たちに持参したお土産、ゴジラやガメラの人形、吉田戦車の漫画、水木しげるの「日本妖怪大全」がすぐさま受け入れられ、特に水木氏の妖怪たちは大人気であったことだ。

 著者はこんな風に書いている。「セノイとあまり違和感なく妖怪談義ができるのも、実に水木しげるのおかげだ。そしてしみじみ思ったのは、怪獣だの妖怪だのウルトラの兄弟だのをたくさん見せてくれたという点において、僕たちを育ててくれた昭和40年代のメディア文化というのは、けっこう豊かだったのだな、ということだった。」

 著者と同年である僕にあるアニミズムも全く同根だと思われる。しかし今もたくさんのアニメや様様なメディアで精霊たちは跳梁跋扈している。

 自分の子供を見る限りでは、精霊との交流のチャンスはメディア上では今も豊かにあるように思う。

 ただ残念なのは明らかに現実上での精霊の棲み処である自然は日常から減った。そして精霊を惧れ敬うような作法・エチケットを教わる機会も減った。様様な精霊をたっぷりと棲まわせるだけの豊かな想像力は、メディアだけで養うことが出来ない。日々を過ごすナマの場所の力、日々を共に過ごすナマの人人の力とその繋がり、共同体の中で想像力は鍛えられていく。

 著者はこんなことも書いている。「あるコミュニティが夢を大切にする場合、そのコミュニティにいる人間の夢能力も上がるのではないか」。

 また著者が出会ったセノイのある人は言う。「もし夢の中で、気味に暴力を振るったり、何か悪いことをする人間がいたとしよう。君は目覚めてその人に会っても、彼を恐れて避けようとしてはいけない。むしろじっくり観察し、近づいて行って時間をかけて仲良くしようとすれば、友達になることができるはずだ」。

 夢と現(うつつ)のどちらも、じっくりと観察しながら、共に生きる人どうしでそれについて語り合いつつ生きてきたセノイの人人の知恵をヒントに、もとより夢マニアな僕としては、ますます身の回りの人達と夢談義を重ねていこうと思った。

 内容に興味を持たれた方、ぜひ読んでみてはいかがでしょう? 著者の夢日記もきわめておもしろい。僕が入手したのは扶桑社の1994年発行の単行本。他に講談社から文庫本にもなってるようです。ただしAmazonでは在庫切れになっていた。

 2∽4年7月25日、日曜、晴れ。午後からアトリエでお絵描き。

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