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2012年02月02日

▼ えっ もう二月 ▼

こないだ『宝船』が終わったばかりだというのに、もう二月だっ。その間の日々はどこへ去ってしまったんだろう? 図書館でのレクチャーに70人くらいたくさんの方が詰め掛けてくれた日もずっと前のことだ。行ったり来たり。神戸ではずっと大学…まずは学部学科の卒業研究の提出と審査があり、終わるやいなや今度は大学院修士課程の卒業研究の提出と審査中。明日も。
学生達は泣いたり笑ったり緊張したりほっとしたりたいへんだ。
合間を縫って、自分のお絵描き、ローズプラスエクス次号準備、そして勉強…
誕生日も近い! どんどん老ける。 夜も更ける。毎夜、キレイな三日月がおっきな星粒と並んでる。

2012年01月03日

▼ 迷い犬 ▼

帰宅するとリビングから妻の呼ぶ声がする。ほら、見て! そこ! と窓際の白いカーテンの足元を指差すので、見てみると、えっ!? 白い毛のふさすさした小さな顔がカーテンの隙間からのぞいていて、黒い瞳をきょときょとさせている。め、めちゃくちゃ可愛い!何? どうしたのこれ? と妻に訊くと、なんかいたんだよ、迷い犬だよきっと、逃げないよ、さわってごらん、という。ひざまづいて手を伸ばすと、確かに逃げなくて簡単につかまえられた。両掌のうえでぢっと黒い瞳で僕を見上げている。なんという可愛さだろう。でも、こんな可愛いのだから飼い主は今きっと凄く心配して捜しているだろう、どうすべきかなと考えていると、妻が、いいんじゃない? せっかく来たんだからしばらく飼ってみようよ、こんなに可愛いんだし、という。そういうわけにもいかないんじゃないかなと思うが、あんまり可愛いのでひとまず僕は考えるのを中断して、まあ妻にまかせておこうという気になる。全身純白の長い毛に包まれており、白いマルチーズに似てはいるのだが、体長は焼き鳥の串くらいしかなくて、真っ黒い二つの大きい瞳はややはなれがち。全体に細長くて、四肢はあるのかないのか見えない。自分では歩かなくて、抱き上げてどこかに置くとじっとそこでおとなしくしている。妻が段ボール箱のうえにそれを置いたら、ちょこんとずっとそこにいて、そこからきょときょとこちらを見まわしている。めちゃくちゃに可愛い。なんて可愛いんだろう。


……というのが今朝見た今年の初夢です。なんだったのだろう?

迷い犬

2012年01月01日

▼ 発! 2012 ▼

発

新年明けました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
毎年、今年のキーイメージとして漢字を決めて書初めしてるのですが、
2012年は、

「発」

としました。発信、発見、発動、出発、発光、発刊、発表、発育、発注、発達、発奮、発狂(これはいかんか…)・・・
訓では、「たつ」と読めます。
今年は「たつどし」、
どんどん発して行きますよ~

よろこびますように たのしみますように

2011年08月13日

▼ 週刊朝日8・19号 忘れられない一冊  ▼

週刊朝日8・19号(菅首相の顔の表紙の)のp98、[忘れられない一冊]というコーナーに文章を書かせて頂きました。タイトルは「ノヴァーリスの青い本の不在」。

週刊朝日819号p98週刊朝日8・19表紙

2011年06月20日

▼ 日野晃さんの『Real Contact2011』神戸公演を観終えて ▼

日野晃さん構成・演出・振り付け・出演の『Real Contact2011』の神戸公演を2日連続で見せて頂いた。日野さんのことだから先月の吉祥寺公演初日に観せて頂いたモノから進化しているとは想っていたが、こんなに違うとは! 更に神戸の2つの(僕が見た2つ。実際には3つ)公演がまるで違うモノになっていたので驚愕した。楽日のモノはとてつもなかった。ラストのラストでぶちのめされた。完全にアタマはフラッシュアウトし真っ白な闇が爆発していた。終演後、席から立ち上がれぬまま口をあんぐりあけて呆けている僕のところまでわざわざやってきて「どうじゃっ!」と笑む日野さんの目は完全にいたずらっ子の大将の目になって勝ち誇っていた。今回は二晩とも打ち上げの酒宴にも混ぜて頂き、日野さん御自身、そして公演メンバーの俳優・平岡マクベス秀幸さん、ダンサーの山田勇気さん(彼とは神戸226事件の後で朝まで語り合った)、高原伸子さん(彼女は神戸226事件に飛び入りでアヴェマリアを踊ってくれた)、小口美緒さんたちともゆっくり話すことが出来、日野さんが言われる「Real Contact」について、すこしわかった。
つまりは、舞台の上だけでは済まないのだ。
こうして飲んで食べて、話していても、ずっと「Real Contact」だ。
生きている限り、Contactが終わることが無い。
舞台の上でスポットライトを浴びるから魅力が出る、というわけにはいかない。自分が自分で光らなくては魅力など出ないということが、残酷なまでにはっきりと見えてしまう実験台…それが日野さんのしかける舞台なのだ。まるで顕微鏡に載せられ凹面鏡の集める光を差し込まれるプレパラートの上に立つような。

要するに「生きている状態(それは「生き方」などではなく、ただ生きている瞬間瞬間の状態だ)の質」が問われ続けているのだ。

それが見え出した時に、僕が22歳でセツ・モードセミナーに入学した初日に主宰の長沢節先生が僕達に話してくれた言葉を思い出した。それは概ねこんな内容だった。
「みんなの中には、ずっと絵を描き続けていく人もいるだろうし、絵を描かなくなる人もいるだろう。けれども、今日からは生活の真ん中に<美>をすえて生きて行くことになる。それができるかどうか、それだけが大事なことだよ。」

人は一人では光を発せないし、美しくなれない。それには他者とのリアルなコンタクトが必須だ。他者とまみえて、集団即興の一瞬一瞬の連続の中で、互い互いに光って、この世に美を成して行く… そのモデルが日野晃構成・演出・振り付け・出演の『Real Contact2011』なのだった。作品などではない。

http://www.real-contact.jeez.jp/

2011年05月20日

▼ 日野晃『Real Contact2011』初日を観て ▼


【第2部】
室町か、いやもっと中世? 古代か? 僕達が今とはもっと違うものを信じ、違うものが見えていた時に
失った、亡くした、大切な人の亡き骸を運ぶ道・・・
会いたい・・・ ・・・ 合いたい・・・ ・・・
僕達は息を吹きかけ、叫び、啼き、暴れ、狂うことによって、その人が甦る
毎年、毎年・・・何年先となっても、僕達が狂えさえすれば、その人がよみがえる
その確実さを、知っていた頃の自分の血の昂りを、思い出すことがあろうとは思いませんでした

大切な人を向こう側から呼び寄せるとき、亡き者の群れもまた、蜘蛛の糸をたどり始める。狂い、得られるものは、欲しいものだけとは限らない。ならば、さらに狂え! 狂え! 狂え! 浮ばれないモノどものために。満月を打ち鳴らし、世界が裏げえるとそこに! まっさらな太陽!!!
日野さん畏るべし

2011年02月05日

▼ ゼミ生達と元町映画館へ『バスキアのすべて』を観に ▼

映画を映画館で観るとき、その体験は日付・時間・場所そして人とともにある。
2011年2月5日17:00の回。元町映画館。『バスキアのすべて』・・・
ゼミの学生達と予定では13人で、実際にはプラス1 マイナス2 イコール12名で観た。その他の観客は1名だったようなので、映画館はほとんどゼミ室となった。終映後、館主が声を掛けてくださり、名刺交歓。次々と名物映画館が消えていくこの時代に、元町商店街にこんな映画館を開館するなんて凄い!
「若い方々にもっと映画館で映画を観てもらいたいんです」と館主。
これからゼミでしょっちゅう映画鑑賞をするつもりと告げ、喜ばれる。

上映に遅れそうになった学生がそれぞれ、走って来てくれて間に合ったのが嬉しかった。
僕も今でも映画に遅れそうなときは走る。映画を観るとは、その時を逃せばその「時」は又と得られぬ一期一会の逢瀬なのだ。走ったことも、一緒に観た人も、選んだ座席も・・・全てがその映画体験だ。

予告編を見るのも大好きだ。
次はみんなで何を観に行こうかな? 

元町映画館、いいラインナップばかり。こないだは初『エルトポ』体験をここで。春には『勝手にしやがれ』をかけるらしい。

http://www.motoei.com/

ずっと以前、元映があったのはちょうどこのあたりだろうか?『フェリーニの道化師』やパゾリーニ『ソドムの市』は元映で観たのではなかったかな。ピンク色の道化師のポスターを買ったなぁ。

▼ 水槽の内外の発泡酒 ▼

そのフォルムがぎりぎりのところ、きわきわのところでかろうじて成り立っているような場合にのみ、その内部から外部へ、愉快なエネルギーがプチプチと発泡し、その世界がシャンパンのように美しく愉しいものとなる。そのことはジャンルや形式を問わないのだとつくづく想う。
盟友ラジオ・ディレクター=中澤純一さんに誘ってもらってラジオ関西『寺谷一紀のまいど!まいど!』に出演しながら、収録スタジオのガラス水槽の内と外を満たす世界にそんなことを想った。中澤さんはそのつぶらな瞳で水槽の外からじっと中身を見詰めながら、フォルムに外から内から揺さ振りをかけていく魔法を身につけつつあるのだろう。思いのほか愉しい時間だった。笑った。

http://jocr.jp/blog/maido.php?itemid=11005

http://jocr.jp/blog/maido.php?itemid=11006

2009年12月18日

▼ 十四才の夢 ▼

大学。1年生の授業で「夢」をテーマとした作品の合評会。先々週、彼女は事前に「読んでおいてください」とプリントアウトを僕に渡していた。「十四才の夢」・・・それが彼女が14才のときに見た夢なのか、後に見た14才の彼女が登場する夢なのか、文面からは判然としない。
夢の中で彼女は小さな部屋の中で一人、天井まで届くような大きなキャンバスに向かい、脚立にまたがり、真新しい筆を手に、絵をまさに今描こうとしているその時、背後から男の声がする。彼女は「ちっ」と舌打ちして鋭い視線で振り返る。中年の長髪のさえない芸術家風の男が絵と心についてわかった風なことを言い「君は常に絵を描いているべきだと思うよ」と告げる。彼女はむしゃくしゃする。「みすかされているような、何もわかっていないような、とても正しいような、何もかも間違っているような」・・・むしゃくしゃした気持ちで彼女が再び舌打ちすると、壁が無くなり、キャンバスが無くなり、筆が無くなり、そして彼女が無くなる。男だけが残り、世界が無くなった・・・という。
彼女にとって14才は特別な歳だった、そうだ。学校へ通うのをやめ、その代わりに様様な人、モノ、事柄と出会い、聴き、見、読み、全てを吸収していく。絵を描きつづけてきた。、縁あってこの大学のこの学科へ入り、僕からこの課題が与えられた瞬間に、あの夢の絵を描く時が来たことがわかった、のだと言う。
合評会は教室で続いていたが、彼女の絵はその外に倒れていた。
「一人で立てられます」
身を切るように冷たく晴れた青空の下、彼女は絵を立てる。高さが4m、幅2mはあるだろうか。教室から背をすくめながら外へ出た僕たちに、彼女は告げる。
「これがその絵です」
僕たちは、彼女の夢のつづきに立ち会い、その夢に属していた。
十四才の夢を立てる

2009年09月09日

▼ 人間失格の神宮寺さん ▼

荒戸源次郎監督の角川映画「人間失格」の撮影現場ではキャストアンドスタッフのたくさんの方との出会いがそれぞれ濃厚なエピソードとして僕に刻印されたのですが、まあ映画公開まではぐっとこらえていようと思っています、が、出演者の一人、神宮寺太郎さんのブログのコメントを発見してしまい、これは皆さんにお披露目しちゃおうかな。
神宮寺さんは映画で石橋蓮司氏の息子役で、おもわず吹き出しちゃう存在感で演じてらっしゃいました。撮影最終日にはほとんど僕のデッサン・マネージャーとなってくれてその場にいる俳優さんたちを次々と紹介してくれて、おかげでM田GさんやO形Kさんや、I原Sさんやみなさんしっかりでっさんさせていただいてしまいました。神宮持さんは大阪で劇団ひこひこを主宰されている方です。次回公演は僕も観に行きたいです。
画像は撮影合間の汗だくの神宮持さんを描いたデッサン、くりそつですよ。

http://hiko2.livedoor.biz/
ちょっと下の方、9月5日のあたりに僕も出て来ます!
神宮寺太郎さんでっさん

2009年09月02日

▼ 日ヲ食ス ▼

僕が初めて沖縄へ来たのは、忘れもしない1987年の9月、23日の金環食を体験するのが目的でした。なにかのお店で煤着きの硝子板を借りて、国際通りの歩道から太陽が欠け行き、光の輪となって、また満ちて行く様を息を詰めて見上げていました。快晴でした。驚いたのは、歩道の地面に映る街路樹の木漏れ日のひとつひとつ総てが、食とともに欠けて三日月形と成り行き、道路全体が龍の身体のようになり、やがて光の輪模様となったことです。それはじりじりとまた鱗となり、通常の木漏れ日へと戻りましたが、その間、僕は「正しい時に正しい場所に」立っているという歓びに貫かれていました。その衝撃的な沖縄体験は旅の後、「日ヲ食す」「読書宮」「寄港」「ニライカナイへ」「月光のツイン」「珠」など一連の絵となり、僕の初めての画集『かごめドリーム ツル/カメ』の軸となりました。その画集を作ってくれたのが当時京都に住み、アート系の出版社の編集部に勤務されていた三枝克之さん、そうです、このカフェ・ユニゾンをされている三枝さんです。

金環食から22年。皆既日食の後の沖縄で展覧会を開催できることとなり、不思議な天地の計らい、人の縁の奥深さに感じ入る次第です。

あのとき金環食を見上げながら思ったのは、僕らは本当に太陽を食べて生きているんだな、ということでした。日食でなくたって、日日、僕たちは日を食して生きている、そんなイメージ。
あれからもずいぶんたくさん絵を描いてきました。沖縄の光の中で、僕の絵たちがどのように見えるのか、どのように在るのか、僕自身とてもたのしみな展示です。
どうぞごゆっくり、おたのしみいただければ幸いです。
感謝とともに 寺門孝之
あまうり天使の庭フライヤー裏
http://www.cafe-unizon.jp

2009年03月03日

▼ 3月3日のこと・・・ ▼

僕にとって人生でいちばん愉しいことは何か? それは「おたのしみ会」ではないかと思う。もっと正確に言うならば、「おたのしみ会の準備」が愉しいベスト。小学生の頃、おたのしみ会が好きだった。机を片隅へ押しやるか、廊下へ出してしまって、なじみのありふれた教室になにか愉しげな気配が降りて来る。日常から非=日常へ、あっけなくもダイナミックな転換。コントや歌や、ダンスや手品や、ゲーム・・・そして人形劇、楽器演奏などなどなど・・・。
まだ小学校1年生だった頃だと思うが、一度だけ、自宅で盛大なおたのしみ会を催したことがあった。3月3日のひなまつり会・・・。言うまでも無く僕は男で、家ではひなまつりを祝ってもらったことはなく、ひな人形もなかった。端午の節句の祝いに小さな兜のツクリモノがあったが、全くそそられなかった。何段もある赤いひな壇にずらりと勢揃いする雛人形が欲しかった。憧れてならなかった。それで僕は、ひなまつり会を企画し、丘の上にすむ仲良しの女の子と毎日放課後に家でひな人形作りに励みだしたのだった。色紙や画用紙、段ボールなどを切ったり折ったり貼ったりしてかなり大掛かりに。それを床の間に飾ってもらって、3月3日当日には、どうしてそんなことになったのか記憶がないのだが、何十人というクラス内外の子供達(自分も子供だったのだが)が家に集結して、床の間の前で出し物を繰り広げた合った。僕はゴーフルの缶をたたいてドラマーになり、友達とブルーコメッツのまねをしたと思う。そんな会をしたのはそれっきりなかったが、後年、展覧会の折などにあまり展覧会自体とは関係ないような出し物を企画しようとする根っこは、この3月3日のひなまつり会ではないかと思う。
日常の中で、虎視眈々と非=日常の準備をして、当日「おたのしみ会神」を降ろし、迎える・・・そんなことがベストに愉しい、今でも僕は。

ひさしぶりのおたのしみ会を 3月15日15時から開催します。場所は青山ブックセンター本店内、カルチャーサロン。どうぞ御参集ください!
http://www.aoyamabc.co.jp/10/10_200903/2009315.html
おたのしみ会ポスター